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数十万円もするエルメスのコートを買えるが男の子がいる?

エルメスは、もともと王侯貴族御用達の馬具店だけあって、仕立ての良さは折紙付き。デザインよりも、やはり細部までゆきとどいた職人の技が売り物。バッグはとくに有名だが、洋服も捨てたものではない。メンズのコートなどは軽くて、最高の着心地。後ろ姿から品が漂ってくるようだ。メンズは日本でも根強いエルメスファンがいる。一方、レディースに関しては、これまで認知度が今一つだった。今回、マルジェラがデザイナーになって、初めてレディースがあったことを知った人も多いようだ。アヴァンギャルドなマルジェラがむやみに走りすぎず、品よくまとめている、と評価は上々。物の本質的な良さのわかるお金持ちが、究極の日常着(日用品)として使うのがエルメスの正しいあり方。しかし、日本ではJJギャル(ファッション雑誌『JJ』の好きな普通の女子大生及びOL)の憧れのブランドとなっている。とくにケリーバッグは彼女たちの永遠の定番といえる。さらに、数年前、藤原ヒロシが「エルメスのオレンジ色のコートがかっこいい」などと発言したため、単なるストリート系の男の子までエルメスに走る始末。だが、数十万円もするエルメスのコートを買えるが男の子がいるのだろうか。

ファッションビジネスはリスキーな産業

ファッションビジネスはリスキーな産業である。委託販売制をとり入れているため返品が多い。したがってアメリカのウォール街では、ファッションビジネスの株には人気がない。安定性に欠けるからだ。最近の株価をみても大手アパレルの上場企業の株価は一〇〇円から二〇〇円前後のものが多い。レナウン、ナイガイ、福助、ダしハソ、レナウンルックなど枚挙にいとまがない。また、ファッションは常に鮮度が求められるのが特徴だ。サソマの目が赤くなってからではどうしよりもない。目が黒いうちに処理することが求められる業界だ。いくら品質がよくても鮮度が落ちてしまえば二束三文である。安さに群がる時代もあったが、安さだけの時代は終おった。現在、百貨店が問屋、メーカーに依存した商売をしているのは「売れなければ問屋、メーカーが引き取って、再生し別の店や売場へ移動させてくれる」という、絶えず鮮度を保持してくれる委託取引があるためである。

ファッションジャーナリストの先駆け

ナポレオン3世(在位1852年〜1870年)の時代、産業革命にともなって経済が大きく発展する。経済の発展は中産階級層を厚くし、そこから新しいエリートたちも誕生した。新エリート層や中産階級層は既製服の進化を促し、前時代からの貴族たちは仕立服を守ることに腐心した。「第2ロココ」とされる時代は、概ねナポレオン3世の時代と重なるが、それは既製服と仕立服が競い合った時代でもあった。仕立屋を守ることに情熱を傾けた人物にバルザックがいる。彼は1825年に乗り出した出版印刷事業が挫折して破産するものの、それでもリシュリサ通りにある仕立屋ビュイッソンへ通うことを止めようとしなかった。バルザックは大貴族でも大富豪でもなかったが、ひたすら仕立屋を愛した。彼は克明な日記を残していて、それを見ると奢侈のためにどれほど出費したか瞭然だ。破産してもなお仕立屋通いをつづけたバルザックは、ある日に「ルーヴィエ産極上ラシャの青いフロックコート、マレンゴのかつらぎ織りのパンタロン、シャモアの刺し子の胴着」をオーダーしたと記している。バルザックはファッションジャーナリストの先駆けであっただけでなく、自らがファッションリーダーでもあることを任じていた。