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市民権を得た家族葬

二〇〇〇年以降の葬儀の大きな変化の一つは、「家族葬」という言葉が市民権を得、それが主流となる勢いを示していることである。日本における葬儀というのは、本来は地域共同体の葬儀であった。今でも地方の山村に行けば、葬儀というと近隣の人が総出で手伝い、地域ぐるみで葬儀を出すという風景を見ることができる。一般にはそうした風景を目にすることは少なくなったが、これが日本の葬儀のいわば原風景である。それが大きく変化したのは太平洋戦争後の一九六〇年代、七〇年代の高度経済成長期である。葬儀社が提供する大きな祭壇を中心とし、会葬者も多く集めて葬儀が盛大に行われるようになっていった。地域の関係者に加え、勤め先である企業・団体の関係者も加わった。このころから高齢で亡くなる人が増加する傾向にあったから、会葬者の中には死者本人の関係者だけではなく、子どもの勤め先や取引先の関係者までが含まれることになった。最盛期には会葬者数が二〇〇〜三〇〇人という葬式も珍しいものではなくなった。知名人の葬式でもなく、社葬や団体葬のような形もとらない、ごく一般的な個人葬においてである。そのころの会葬者は、遺族および親類縁者が三分の一、本人を知っている友人・知人や地域の人が三分の一、そして本人とは直接面識もない家族の勤務先や取引先等の関係者が三分の一、という構成が多かったのではないだろうか。本人と直接面識のない会葬者が三分の二を超えるという葬儀も決して珍しいものではなかった。葬式というのは本来は死者を弔うことに本質かあるのだが、むしろ社会儀礼としての側面を強くしていった。

食べ切れない量を、取り皿に取らない

あれもこれも食べたいと欲張ってお皿に山盛りにしたり、冷たい料理と温かい料理を1枚のお皿に盛ってしまったりしたら、せっかくの料理も味が混ざっておいしくなくなってしまいます。バイキングや立食パーティーでは、料理が置かれたテーブルには何度取りに行ってもかまいません。面倒かもしれませんが、お皿には一度に2〜3品を目安に、きれいに食べ切れる量だけを取り分けます。また、どんな料理も1枚の取り皿で間に合わせてしまうのはいただけません。味が混ざりますし、はた目にも見苦しいので、取り皿は使い回しをしないこと。中国料理のときと同じように、料理ごとに新しいものに替えましょう。歩きながら料理をつまんではいけませんし、お皿を持ってあとずさりするのも粗相のもとです。

廊下を上司と歩くときは、自分が先か、あとか、並ぶか?

お客様を案内するときは、案内する人が先に歩きます。では、社内の上司と歩くときは先に行くべきか、あとからついていくべきか、それとも横に並んで歩くべきでしょうか。たとえば、会議室まで一緒に行く必要が生じたとします。そんなときは、原則として上司のすぐ後ろを歩きます。目的の部屋に着く直前になったら、「失礼します」と断わって、素早く、小走りするくらいの気持ちで上司の前を行き、部屋のドアをあげます。ドアの取っ手を持ち、上司を部屋に通して、自分はあとから入ります。廊下で後ろを歩いているとき、上司が自分にあれこれと話しかけてくることかあります。そのときは少し接近して斜め後ろで話を聞きながら歩きます。しかし、決して前に出たり、横一線に並んだりしないよう、配慮します。階段では上司が先に上り下りし、自分は二、三段後ろになります。エレベーターでは、上司を先にのせ、自分はあとからのって、操作ボタンの前に立ち、ボタンを押す役目をします。エレベーターを降りるときは、上司が先で、自分はあとから降ります。外へ出て、タクシーを拾ったりするのも、部下の役目です。乗用車の場合は、車のドアを押さえて、上司に先にのってもらいます。タクシーのように運転手かいる場合は、運転席の真後ろか最上席で、後部の左側が次の席、助手席が末席になります。道路を歩くときは、上司を歩道の内側にし、部下は車道側を歩きます。